「がん」と診断されてからの“5年生存率”は62%[*1]。現代ではがんは必ずしも不治の病ではなくなったものの、未だに多くの人の命を奪う病気です。
「がん患者にとって長く重い5年を、明るい希望のあるものにしたい」
そのような思いから立ち上げられたのが「5years」という国内最大級のがん患者支援組織(登録者数6500名超、2018年12月時点)です。登録者のほとんどが、治療中もしくは治療を終えたがん患者で、がん患者同士のつながりをつくる貴重な場所となっています。
「5years」の創設者であり、自らもがんサバイバーである大久保 淳一さんに「5years」についてお話を伺いました。
[*1]出典:国立がん研究センター がん対策センター「5年相対生存率」より
家庭も仕事も順風満帆の42歳。突然のがん告知
大久保さんは、外資系証券会社で働くサラリーマンでした。妻、幼い子ども2人の家族4人。忙しくも幸せな日々を過ごしていた時、突然、精巣がんが見つかります。42歳、働き盛り真っ只中のことでした。
「タバコも、食べ物の好き嫌いもしません。毎年受けている人間ドックも問題なく、週に5日走り運動不足でもなかったので、まさかと思いました」
マラソンが趣味で、毎年6月にあるサロマ湖100kmウルトラマラソンに出場することを楽しみにしていた大久保さんでしたが、がんがわかった時には、精巣がんでもっとも重いステージⅢでした。
その後、がんは腹部、肺、首など全身に転移し、がん治療の副作用で間質性肺炎を患うなど、毎月のように次々と状況が悪化し、「下り坂を落ちて行く感覚だった」そうです。
「絶対に乗り越える」そう胸に刻み、あえて闘病中の写真を撮り続けた。
復活を支えたのは医療・家族・保険、そして希望
何度も命の危機に晒されながら大久保さんががんを乗り越えられたのは、医療の力と家族の支え、もう一度マラソンを走りたいという夢、待っていてくれた会社、保険の存在があったからだと振り返ります。
「人間の究極の悩みは、健康とお金ではないでしょうか。がんになると、この2つが一気に倒れるところを、保険が支えてくれるので前向きに治療を受けられます。がん患者の私にとって、保険は命の支えとも言えました」
大久保さんの場合は10カ月の入院で約675万円かかったものの3社の保険に入っており、費用の全てをまかなうことができたため、治療に集中できたそうです。
無事、がんと長期リハビリを乗り越え仕事に復帰し、がん治療中にひそかに抱いていた夢「サロマンブルー」を目指してトレーニングも復活します。
「『サロマンブルー』とは、サロマ湖100kmウルトラマラソンを13時間以内に10回完走した人のみに与えられる称号で、特別な青いゼッケンをつけて走ります。長いレースの中で前を走る青いゼッケンは、完走請負人とも言われ、挑戦を始めたばかりのランナーたちにとって心強い存在です」
今年の6月、ついにサロマンブルーに挑戦すると言う大久保さんの目はとても輝いていました。
患者同士がつながる場所「5years」誕生
医療や家族、サロマンブルーの夢、仕事仲間、保険。たくさんの支えで社会復帰できた大久保さんですが、徐々にがんを克服できたことに葛藤を覚えるようになります。
「生き残った自分にできることは何かを考えた時、闘病中に自分が欲しかったものをつくりたいと思ったのです」
闘病中に欲しかったもの、それは「生きる希望」「孤独からの癒し」「有益な情報」の3つでした。そこで、がん患者支援団体NPO法人「5years」を立ち上げます。
「がんの医療情報や闘病記は溢れていますが、がん患者が欲しいのは、元気になった人の情報、明るい未来への希望です。どのように仕事に復帰したのか、後遺症とはどう向き合っているのかなどの生活情報、そしてこうした気持ちに真剣に向き合ってくれる同じがん患者とのつながりが欲しいのです」
「5years」では主に次の3つのコンテンツを柱に運営しています。
1)社会に戻った人たち(希望)
2)プロフィール情報とSNS機能(癒し)
3)公開Q&Aのみんなの広場(情報)
一般的なプロフィール情報に加えて病名や治療歴、リハビリ歴などの登録ができるので、それを見て自分と同じ境遇や一足先に治療を終えた人にコンタクトを取る、公開Q&Aを通して質問や相談をするなどして患者同士が交流を深めています。
「ストーマ[*2]を着けてスポーツをしている人の話や、子育てや介護とがん治療を両立した人の話など、実体験がたくさん寄せられています」
と教えてくれました。医療の発達により、がん治療も通院でできることが増え、入院日数も短くなっているのですが、そのことで同じ病院内でがんについて分かり合える友人を見つけることが難しくなっているそうです。
「一言にがんと言っても、年齢、性別、ステージ、仕事、置かれている状況などは人それぞれ違います。その中で、自分と境遇が近い人がいれば励みになるのではないでしょうか。『5years』を通して、その人にとってのマイヒーロー、マイヒロインを見つけてもらえたらと思います」
長いがんとの闘いの中で、命がけで闘っていることに心から共感してくれる人や、闘いを乗り越え今を生きる人の存在は貴重です。
「サロマンブルーのように前を走ってくれる人がいて、5年後はこんなに楽しい生活をしているという希望があれば、辛い治療も頑張れます。そうした願いを込めて『5years』という名前をつけました」
復帰後、7年ぶりに出場したウルトラマラソンのゴールシーン。大久保さんの新しい人生がスタートした瞬間。
患者一人一人にとってのサロマンブルーを見つけられるよう、「5years」の活動を発展させていきたいと大久保さんは語ります。
共に走ってくれる人、家族、夢、そして保険もまたがんを乗り越える支えとなります。定期的に、その時の状況にあった保障内容かどうかを確認しておくと、いざという時も治療に専念できるでしょう。
[*2]大腸がんなどの手術後に体につくる排泄口のこと
<お話を聞いた人>
大久保 淳一さん
1964年生まれ。1999年 シカゴ大学・経営大学院MBA取得。1999 - 2014年 ゴールドマン・サックスに在籍。
2007年、精巣がんと間質性肺炎を発病。最終ステージまで進行し生存率2割以下と言われるなか一命を取り留め、翌年同社に復職。
2013年にサロマ湖100kmウルトラマラソンに復帰し、7年ぶりの完走を果たす。
現在、日本最大級のがん患者支援団体 NPO 「5years」を運営する傍ら、執筆・講演を行なっている。著書『いのちのスタートライン』(講談社)
2018年6月現在の情報を元に作成
※がんを経験された個人の方のエッセイをもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。