ある日突然「がん」の告知を受けたとき、あなたは何を思うでしょうか。治療のこと、家族のこと、お金のこと、さまざまな心配事が一挙に押し寄せてくるかもしれません。とくに「仕事」に対する不安は、収入や生活全般に深く関わるだけに、大きな比重を持つことになると思われます。
このまま働き続けられるだろうか、休職して治療に専念したほうが良いのだろうか、と悩んでしまうかもしれません。今回はそんな、がんの告知を受けたがん患者と「仕事」の関係に迫ります。
漠然とした不安を解消していく
近年、医療技術の進歩により、がんの生存率は多くの部位で上昇傾向にあるといいます[*1]。そのため治療に臨むにあたり、生活の基盤である仕事をどうすれば良いか、さまざまな選択をする余地が出てきました。
がん患者専門の家計相談事務所「黒田ちはるFP事務所」のファイナンシャルプランナー・黒田ちはるさんは「がん患者さんは、体の不安と同様に仕事や経済面に不安を感じるケースが多い」と話します。
[*1]:国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」の「部位別の年次推移」 参考文献:片野田耕太・祖父江友孝・田中英夫・宮代勲(編). 2016・JACR Monograph Supplement No. 2. 東京. 日本がん登録協議会(発行:2016年10月)より
「がんを告知された患者さんは最初に『命』の心配をする方が多いです。その後、主治医と一緒に病状や治療の見通しを立てると、次は治療費や生活費などの経済面への不安を感じるようになります」
体のことは医師に相談ができても、家計などの経済面の話は誰に相談すれば良いかわからない。そのため、がん患者の多くはそのまま「漠然とした不安」を抱えてしまうそうです。
「不安の内容が曖昧すぎて何から手をつけて良いのかわからない、という患者さんはとても多いですね。とくに、治療にかかる費用や期間は人それぞれなので、個人の治療生活に合った家計の見通しを立てなければ、不安の一端は解消できません」
家計の見通しを立てると同時に、収入源となる「仕事」についても選択を迫られる、と黒田さんは指摘します。
「経済面への不安を感じるとともに『仕事の継続』という課題に直面するのです。がんになっても生活費はかかるし住宅ローンも返済しなければならない。治療が続けば、医療費はどんどん増えていきます。一方で、治療に専念するために休職するとその分収入が減るため、仕事の継続についての悩みを抱えるケースは非常に多いですね」
黒田さんのもとには「体が辛くても、家族の生活や金銭面を考えると休職はできない」と話す相談者も多く訪れるとのこと。働き盛りのがん患者の悩みは、治療そのものやその後の体調だけにとどまらないのです。
「漠然とした不安を明確にしていくことが、最初のステップです。全国のがん診療連携拠点病院には、がん専門の相談員が常駐する『がん相談支援センター』があるので、まずはそのセンターで、がん治療中の仕事や生活などの悩みを言葉にしてみましょう」
休職のメリットとデメリット
がん患者本人にとって身近な課題となっている、仕事を継続するか休職するかという選択。多くの人が休職に対してデメリットに感じる要素は「収入の減少」「仕事への支障」「キャリア」の3つ、と黒田さんは話します。
「1つめの『収入の減少』は、生活に直結する問題。公的制度や民間制度の利用有無によって個人差はありますが、休職時に収入が減るのは避けられないでしょう。その場合は、がん保険などの保険の給付金や貯蓄でやりくりをしていく必要があります」
もし、「保険の給付金請求は入院中か退院後のどちらが良いか」「給付金の使い方はどうすれば良いのか」などの悩みを抱えてしまう場合は、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談するのも良いということです。
「そして2つめの『仕事への支障』では、とくに営業職など顧客を抱えているような場合、休職中に顧客との接点がなくなってしまいブランクが空いてしまうというデメリットを感じることが多いようです」
休職により長期間、現場を離れることは現役の企業人にとってはなかなか勇気のいることなのかもしれません。
「そして、3つめは『キャリア』についての不安要素です。休職や罹患歴によってキャリアに影響が出ることを恐れる人も少なくないですね。なかには、会社には伝えないままがんの治療を受けながら、フルタイムで働き続ける人もいるのです」
これらは企業側のがんに対する理解度にもよるため、がん患者の就労問題に詳しい社会保険労務士がケースバイケースで対応しています。休職にはさまざまなデメリットを感じられている一方で「無理に働き続けるのは禁物。休職にもメリットがある」と黒田さんは話します。
「休職による最大のメリットは、やはり治療に専念できる点です。抗がん剤治療に副作用があることはよく知られていますが、副作用の表れ方は多種多様。休職して治療を受ければ、自分の体調と相談しながら『できること』と『難しいこと』を、しっかり見極めることができるのです」
近年は抗がん剤の副作用を緩和する方法も進歩しており、特に吐き気については生活に支障が出るほどの症状を訴えるケースは少なくなっています。しかし「強い眠気・だるさ」「記憶力の低下」「集中力の低下」といった、周囲に伝わりにくい副作用が、使用する薬剤によっては出現することもあるそうです。
自身の体力や『できること』の見極めが不十分なままフルタイムで働くことで精神的な負担になる点についても、黒田さんは指摘します。
「治療を経た患者さんは体力が急激に低下して、デスクワークで長時間イスに座っているのも困難なケースもあります。休職は、自分の体と向き合い、心の準備をする期間でもあるのです」
休職のメリットは、自分の体力と向き合う時間が得られること。がんとともに生きていく過程の中には、無理をせず休む期間を確保するという選択も視野に入れる必要がありそうです。
一方、休職の際の収入減少は気になるもの。しかし黒田さんは、がん患者専門のファイナンシャルプランナーとして多くの患者から家計に関する相談を受け、がん保険や住宅ローンの団体信用生命保険のがん特約に助けられたという人を多く見てきたそうです。
お金の不安がなければ、患者自身や家族の不安もやわらぐでしょう。そうなれば休職して治療に専念することも可能になるはず。がん治療中の働き方の選択肢を広げるためにも、経済面の悩みを少なくしておく必要がありそうです。
そしてがんに罹患した後も固定費の見直しを行うなど、罹患後の生活設計を考えていくことも大切です。それが無理せずに働き続けるということにもつながっていきます。
「情報共有」がカギを握る復職
休職は退職とは異なり、職場への復帰を前提としています。そのため休職を経て職場に復帰する際は「会社側と事前に情報を共有してほしい」と、黒田さんはアドバイスします。
「復職の時期が近くなったら、会社の人事担当者に、治療を経た今の自分が『できること』と『難しいこと』を伝え、そこに医師の診断書を添えて医学的な裏付けと併せて働き方を相談していくと良いでしょう。たとえば、復職直後は4時間ほどの時短勤務からスタートし、体力の回復とともに勤務時間と業務内容を増やしていく『ならし勤務』などの方法もおすすめです」
黒田さんによれば、このような復職のプログラムを取り入れていない企業でも相談しながら実施している方もいるので、まずは相談してみるところから始めてみるのが良いとのことです。
「患者さんのなかには『治療費がかかるから』と、がんの治療が始まる前以上に仕事をがんばってしまう人がいますが、無理は禁物。治療によって体力が低下しています。就業時間だけでなく、通勤時間の調整や負担の掛からない通勤方法を考えてみるなど、少しずつ勤務内容を戻していけると良いですね」
また、企業や職場によってがん患者の体調への理解度に違いがあり、周囲の過度な心配が復職者の悩みのタネになることもあるそうです。
「職場の同僚から『本当は無理をしているのでは』と、過剰に心配されて職場に居づらくなってしまう人も少なくありません。その場合は『できること』を明確にして、過剰に心配する必要がないことを上司や親しい同僚から徐々に理解していってもらうという方法もあります」
がん患者には、治療や休職、職場との関係性などさまざまなハードルがある一方で「がんと共に生きていくうえで、働き続けることは経済面以外でも重要」と、黒田さんは続けます。
「治療中は今まで当たり前にできていたことが体調の変化により行えなくなり、アイデンティティを喪失するということも少なくはありません。生活費や治療費を賄わなければならないことはもちろん大切ですが、それ以上に、働くことで社会との接点を保ち『自分の役割』を持ち続けることが治療後にも良い影響を与える可能性が高いです」
「がん=死」ではなくなってきている昨今。働くこと、それ自体がひとつの生きる糧になるのかもしれません。
<お話しを伺った人>
黒田ちはるFP事務所代表・黒田ちはるさん。看護師資格を持ち、自身が看護師時代に目の当たりにした「がん患者の家計の不安」に寄り添うファイナンシャルプランナーとして、2016年に独立。相談者の治療生活を家計面からケアする。NPO法人がんと暮らしを考える会・事務局長。著書に『がんになったら知っておきたいお金の話』(日経メディカル開発)。
2018年9月現在の情報を元に作成