がんは他の病気と比べて治療が長期化することがあります。そうなると身体の負担もさることながら経済的な負担も心配になりますよね。いざというときのために経済的な備えをしておくことが大切ではないでしょうか。
しかし、周囲にがんに罹患した方などの経験者が居ない場合は、どのように備えておけばよいのかわからない人も多いと思います。
「例えがんになっても、それまでの生活がなくなってしまうわけではありません。『治療のためのお金』と『自分らしく暮らしていくためのお金』。その2種類があることを知っておけば、どうやって備えておけばいいかが考えやすくなります」
そう話すのは一般社団法人がんライフアドバイザー協会・代表理事の川崎由華さん。家族ががんになった経験を持ち、CFP®資格者というキャリアを生かしながら“お金や仕事の問題といった社会的な苦痛の緩和もがん治療として一貫する”という想いでがん患者やその家族をサポートする活動をされています。
今回は、がんに対する経済的な備えはどのように考えればいいか、お話をうかがいました。
突然がんになった場合、治療費や生活費などの経済的負担とは?
ある日、突然がん宣告はやってきます。そうした不安に備えるためには、まず何から考えるべきなのでしょうか。
川崎さんいわく、がんの治療費を考える場合「一番重要なのはがんの種類が何なのかということよりも、そのがんの治療がどのように行なわれるのか」ということです。
「例えば、40代の女性患者Aさんの場合、乳がんで左胸を全摘出する手術をしましたが、その後は、分子標的治療薬を使った再発予防治療を3週間に1度の通院で実施することになりました。毎月5~6万円の治療費はかかりますが[*1] 、副作用が出なければ今後もパートの仕事を続けることができます」と一つの事例を紹介してくれました。
このAさんの場合、手術時には入院などで一時的に就労できない状態になったものの、以降は治療と並行して仕事ができたため経済的な不安は比較的小さくおさまりました。
「それに対し、40代男性で扶養家族をお持ちのBさんは、進行性胃がんと診断されて手術をし、その後は入退院を繰り返しながら抗がん剤治療を続けています」と別の事例も教えてくれました。
Bさんの場合は勤め先の制度を利用して休職中です。すでに休職期間は8カ月が経過し、健康保険組合から毎月受け取れる傷病手当金は手取りで20万円ほどで、生活費や住宅ローン、子どもの教育費といった罹患前から生じていた支出は補えない状態です。不足分は貯蓄を切り崩しつつ生活するシビアな事態になってしまっています。Bさんの場合は休職状態のため収入が減少しており、経済的な負担はかなり重いと言えそうです。
このように、がん治療は個人の症例や置かれた状況によって経済的なリスクが大きく変動します。とくに治療が一時的な“点”で終わるのか、継続的な“線”になるのかによって、その後の就労可否も左右され、結果として必要なお金は大きく変動します。
「みなさんも将来に向けて経済的な備えはされていると思います。しかし、がんになることによってその計画は突然リセットされてしまうのです。それまでのようには働けなくなり、収入が減り、老後のための蓄えを切り崩さなければならなくなるなど、人生設計が狂ってしまうこともあります。そんな状態になってしまうと、いろいろと我慢もしなければならないでしょうし、諦めることも多くなるでしょう。そうならないために、計画的な備えをしておくことをおすすめします」
最近では、“がん=死”ではなく、がんと共に暮らしていく、“がんサバイバー”として新しい人生を生きていく、という認識を持つ患者が多くなってきています。そうしたことからも治療中の生活を諦めることなく、充実したものとするためにも備えが必要だということです。
[*1]実際の治療費は高額療養費制度利用後の金額となり、自己負担額は変わることがあります。
がん治療で備えておくべきはがん治療費と自分らしく生きるためのお金
では、実際にがんへの経済的な備えを考えていくというのは、どういうことでしょうか。
「備えておくべきお金は2種類に分けて考えるべきです。『治療のためのお金』と『自分らしく生きるためのお金』です」と川崎さんは強調します。
「まずは、治療のためにかかるお金。先ほども触れたように、がんの治療法には様々なものがありますが、医師は基本的に『標準治療』と呼ばれる公的保険が使える治療を勧めます。すると『高額療養費制度』により収入に基づいてひと月あたりに支払う医療費の上限は決められていますから、どの程度の出費になるかはあらかじめ想定できます。その出費に対してどのように備えておくべきかを考えて、貯金や民間の保険などを検討するといいでしょう」
治療に関してはある程度の見通しが立てやすく、備えもしやすいと言えそうです。しかし、がんに対して経済的に備えておくべき点はもう一つの観点が重要だといいます。
それは自分らしく暮らしていくためのお金です。これには様々な費用が考えられますが、公的な保険が使えない治療の費用もここに含めていいでしょう。患者さんの中にはご自身の判断で標準治療以外のものを試したいと思われる方もいるのです」
と川崎さん。
例えば、一部を除いて公的保険適用外である重粒子線治療は、身体への負担も少なく注目される治療法ですが、保険適用外となると約300万円の費用がかかることがあります。また、サプリメントや健康食品等を試すとなると必要なお金は増えてしまいます。
「しかし、患者さんにとっては自分がやりたいことができたということから心の安定を得られる方もいるのです。そうしたこと自体が自分らしく暮らすことに繋がり、治療中の生活を向上させてくれます。そうしたがんサバイバーとしての生活を豊かなものにするためにも経済的な備えは欠かせません」と川崎さん。相談経験から得られた「自分らしく暮らす」考え方を教えてくれました。
この“自分らしく暮らしていくためのお金”の使い途は、治療法以外にもあります。とくに女性であれば「アピアランスケア」と呼ばれる、見た目を整えるための費用に使うのもいいでしょう。気分が塞ぎ込みがちになる治療中こそ、外出したり友人と食事をしたりすることが精神的に良い影響を与えます。しかし、そんなときに治療の副作用での肌荒れや脱毛、爪の変色などがあると外出しにくくなってしまいます。そうした外見のケア用品は公的保険の適用外なので、通常は自己費用で賄わなければならないのです。
このように“がんサバイバー”として前向きに生きていくためには、治療のためのお金のほかに“自分らしく暮らしていくためのお金”という視点も欠かせません。
貯蓄や保険に入るなど、自分らしく暮らしていくお金は捻出できるようにがんに備える。
十分な備えができていなくとも、突然がんがやって来ることも考えられます。そんなときでも、“自分らしく暮らしていくためのお金”は捻出したほうがいいと川崎さんは言います。
「とくに女性の患者さんに多いのですが、教育資金やリフォーム資金といったまとまった蓄えはあるのに、自分ががんになったときにそれを取り崩すのを躊躇してしまう方がいます。家族のために蓄えたお金を自分のためだけには使えない、という意識があるようです。しかし、先に述べたように“自分らしく暮らしていくためのお金”を治療などに使うことはとても重要です。それによって自分だけでなく、家族など周囲の人へも良い影響を与えるのですから、いざというときは転用するつもりで備えておくのもいいと思います」
生きるための治療や自分らしい暮らしに使うお金は最優先すべきだと川崎さんは繰り返します。
「がん患者も生活者の一人に過ぎません。がん患者だからといって我慢することも、悲観的になりすぎる必要もないと思います。そうしたことから、表面的なお金の問題だけを解決するのではなく、がんに罹患された方の人生観、生き方も含めてアドバイスすることがわたしの仕事だと思って取り組んでいます」と川崎さんは活動にかける想いを語ってくれました。
治療費だけでなく、自分らしく暮らしていくためのお金。そうした備えをするためには貯金や民間の保険などを活用してみてはいかがでしょうか。
<お話しを伺った人>
川崎由華さん
一般社団法人がんライフアドバイザー協会 代表理事。医師の家系で生まれ育ち、がん治療関連薬を扱う製薬企業での勤務、両親のがんの罹患を経験。がん患者や家族の相談実績を医学関連学会での発表を重ねる他、がん患者が自分らしい生き方でがんと付き合っていけるよう、お金や仕事の問題といった社会的苦痛の緩和も治療の一貫として考えていく重要性を、講演やメディアを通じて全国の医療従事者や市民に向けて伝えている。保有資格はCFP®、1級FP技能士、メディカルケアワーカー®(看護助手)1級など。
2018年9月現在の情報を元に作成
※がんを経験された個人の方のお話をもとに構成しており、治療等の条件はすべての方に当てはまるわけではありません。